問題はロシアよりもむしろアメリカだ




<問題はロシアよりも、むしろアメリカだ>

エマニュエル・トッド(歴史人類学者、1951年生)

池上彰(ジャーナリスト、1950年生)による対談集

2023年   朝日新書刊


トッド ーー 私は今、非常に不安を感じている。西洋はこの戦争が進むにつれて

ますます現実に背を向けるようになってきたからだ。

池上   ーートッド氏の視点は鋭く、私たちに別の視点をあたえてくれます。

読者はウクライナ戦争は,このように見ることも可能だという新たな視点を

獲得するでしょう。ーーー表紙より

🦊キツネもこの書によって、ウクライナ戦争は「狂ったプーチンのはじめたこと」

の一言で片付けていいものか、また戦争の深層にある「無意識の対立」や、

「戦争が起きた最大の原因はアメリカとNATOにある」という視点を読み、

自分のメガネが間違った方向を向いていないという確信を持った。

ただし、最終章で今後日本のとるべき道についてトッドさんは「勇気を持って核武装

するのが良い」と述べているのには、キツネとしては全く同意しかねる。

「ヨーロッパ人は現実を見失って机上の空論に明け暮れている」という

氏の論に当てはめて、「原爆の実態を見たことがないヨーロッパ知識人」の

暴言であろうと、残念に思う。


p99  第3次世界大戦はもう始まっている。

池上ーートッドさんは22年から、ウクライナ戦争によって、「第3次世界大戦は

もうはじまっている」ともおっしゃっています。どうしてそういうことが言える

のでしょうか。

トッドーーロシアとウクライナ2国間のこの戦争が世界大戦に発展するのではと

心配している人は多いと思います。でも、もう既にアメリカを中心とする西側と

ロシアの間で展開されている世界戦争、という段階に入っているとみています。

そしてそれは、「まず経済面から始まった」とも言えるとおもいます。

ウクライナへの爆撃で市民の多くが殺されていることはもちろん、まさに戦争

という状態なのですが、ヨーロッパやアメリカがロシアという国を経済的に

最終的には社会的にもつぶすという目的で始めた経済制裁もまた戦争の一端

でもあるわけです。この経済制裁に、ロシアは耐えています。その後ろには

中国やインドそれからもしかしたらサウジアラビアなどの国がいるわけです。

(こうしてヨーロッパの制裁が失敗したことによって、戦争はさらに広がっていった)

この制裁の失敗というのは世界システムというものにとって、非常に危険だった

のではないかと思います。

池上ーーたしかに、いまだにロシアの経済が安定していることは、西側が驚いている点

だとおもいます。これはなぜなのでしょうか。

トッドーー実は経済のグローバリゼーションが進んでいくなかで、「生産よりも消費する国=

貿易赤字の国」と「消費よりも生産する国=貿易黒字国」との分岐がますます進んで

いるんです。ロシアはインドや中国とともに、まさに後者の代表で、天然ガスや安くて

高性能な兵器、原発や農産物を世界市場に供給する「農業大国」であり続けています。

いっぽうで、前者の貿易赤字の国とはアメリカ、イギリス、フランス等です。

一種の神話的な存在だった「経済大国アメリカ」は、今は生産力の点で非常に弱体化して

います。・・中でも特に問題になってくるのが兵器の生産力です。ウクライナ戦争が長期化

したとき、工業生産力の低下する中でウクライナへの軍需品の供給が続けられるのか、むしろ

ロシアの兵器生産力のほうが上回っていくのではないか、そこは西側としては心配な点でしょう。

ただそれでも、アメリカはこの戦争から抜け出せないのではないかとも言えると思います。

それはアメリカにとって「ウクライナへ供給する兵器に生産が追いつかなかった」という

点で「負け」を意味するからです。

池上ーートッドさんは戦争が始まる前の段階で、ウクライナは破綻国家で、国家として

体をなしていないとおっしゃっていました。ただ、戦争が始まり、ロシアの攻撃で自分達の

土地を守らなければならなくなったという、極めて皮肉な形ではありますが、むしろウクライナの

民族意識が深まってきた。この戦争をきっかけに国家として成立しつつあるようにも思えるの

ですが。

トッドーーその通りだと思います。戦争前は、私はウクライナの国家意識がどれほど強いのか

疑問におもっていたのですが、軍事的に非常に耐えている姿を見て、その意識が強くなっている

と認めるようになりました。ただ、ウクライナにおけるロシア圏は、この戦争によって崩壊

しつつあるのではとも思っています。ロシア語圏にいる中流階級がどんどん国外に流出している

からです。中流階級がいなくなった国は崩壊していく傾向があります。国家意識、国民意識

というのはウクライナ語圏で強化された、と言えるのではないかとも思います。(今、汚職撲滅に

取り組んでいるようだとおっしゃいましたが)、辞めさせられた人々は、かなり粛清に近いような

ソ連時代的なやり方で処理されている。ウクライナ政権が危機的状況にあるというだけのこと

であって、これからしっかりとした民主主義の国になろうとしているというようには

私には思えません。  (中略)


p71    好戦的になりつつあるバルト3国と英米

池上ーーNATOやEUは共同歩調が乱れてばらばらになってしまう可能性が高くなると

いうことでしょうか。

トッドーー(今すぐそうなるというわけではありませんが)例えば、ドイツは戦車の供給を

めぐって最初は慎重な姿勢を見せ、迷いが見られました。各国にプレッシャーをかけられ、

ある意味被害者であるともいえると思います。ドイツがこれからどういう風な態度に

出てくるのか、アメリカもその動向を非常に気をつけていると思います。その行き着く先

として、NATOやEUがバラバラになって行くということもありうるとはおもいます。

この戦争がどの段階にあるかということについて、整理して簡単にお話しさせてください。

ロシアの状況は安定して来ています。つまりロシア経済というものが非常に耐久力を見せた

ということなんですけれども、なぜ耐久力を見せたかと言いますと、これは多くの非西洋社会

が、西洋諸国に「続かなかった」ということがあります。つまり多くの国々が、西洋よりも、

ロシアの方に近い感情を持つ、或いは中立の立場をとっているということです。ここには、

そういった中立の国が、「西洋による秩序というのは認めない」という、そういう考え方を

持っていることがあると思います。そして次に軍事面です。ロシアがこのウクライナ戦争

を経て理解してきたことというのは、ウクライナが軍事面において、非常にNATOに支え

られているという現実です。そしてロシアは、戦争経済という段階に入っていったわけ

ですけれども、この戦争はもう消耗戦と呼べるものになっていて、つまり、沢山の兵士が

亡くなったりしているわけです。「図5」


また資源面においても、ロシア側も西洋側も、西洋の弱さ、特にアメリカの弱さという

ものに気が付き始めているということです。

この資源面における(大砲など軍事品製造に関わる)アメリカの弱さに対して、今、

「中国の参加」ということが明らかになってきたわけです。グローバル化した世界の

なかで、たとえば工作機械の分野では、中国は約30%を占めています。一方で、

日本は約15%、ドイツもだいたい同じ約15%、イタリア、アメリカに至っては7%、

8%なんですね。要するにこれは仮説ですけれども、アメリカやNATOの国々が

負けるという可能性も、そこには見えるわけです。

池上ーー最近の中国の態度変化(=常にロシアを支える立場だったのが、23年2月24日

にはロシアとウクライナの、停戦に向けて仲介案を出した)の狙いは何なのか、

その点についてはどう見ますか。

トッドーー中国は各国に中立な立場の国であると位置付けたい、それが目的ではないか

と思います。つまり中国は、アメリカがだんだんと「傾いていく」というふうに見て

いるわけです。そんな中で、中国は世界政治のできるだけ中心に近寄りたいという

ような思惑があって、だからこその行動だと思います。そして、中心に近寄るための

方法の一つが、「平和」という言葉を使ったやり方だったわけです。そしてこれは

実はアメリカが昔していたのと同じようなことなんですね。世界的なアクターとして、

中国はできるだけ、機会がある度に「アメリカにとって代わろうとしている」のでは

ないか、といえるとおもいます。つまり、このウクライナの戦争を機会に、ロシアが

アメリカを潰してくれるのを、期待しているというわけですね。ですので、「真の和平案国家」

というのはそこには無いと私は考えます。アメリカは確かに中国の敵、対立する相手国

ですけれども、それに対して敵対しつつ、世界の平和を求めてゆく、そして平和と国家の

主権を維持することを求めるという立場です。

アメリカが、これまで世界の中で、一種のヘゲモニー(覇権国)としてそれを(平和と国家主権を)

維持するといういうことを1990年代から今日まで、ずっとしてきたわけです。そして作りあげた

のが、一極化された世界です。それが今、少しづつ退行しつつあるのが現状です。

アメリカはまた、それと共に、非常に軍事主義的な国でもあります。それは、アメリカ自身の

歴史を見てもわかることなんですけれども、外国との戦争を、自分の地でしたことが無いという

ところが決定的な点です。例えば日本、フランス、中国、ドイツもそうですけれども、自分の

地で戦争を経験した国というのは、戦争に対して非常に強い嫌悪感だったりということが存在

するんですけれども、アメリカの歴史学者や地政学者の文献を読んでいると、少しそれとは

異なる視点があるということに気付かされます。戦争を、一種の興味深い対象としてのみ

見ているということに気付いて、フランス人の私は驚くわけです。

だからこそアメリカは、リビアへの空爆(1986年)やコソボ紛争への軍事介入(99年)、

イラク戦争やアフガニスタンへの侵攻(2001〜21年)など、あちこちで戦争を仕掛けて

いるというわけです。それは常に自分より弱い敵でした。(負けることすらありましたが、

まあそれは置いておきまして)とりあえず世界のあちこちで戦争を仕掛けているというわけです。

確かに中国は、戦略面で、潜水艦も生産できるし、非常に上昇しつつある工業国家、

産業国家なわけですが、そのような国がアメリカ的ヘゲモニーというものを疑問視している

という状態があるわけです。しかし一方で、中国が世界制覇を狙っているのかというと、

(ロシアも同様ですけれど)それはありません。中国は全体主義であり、ロシアは権威主義的

な民主主義というふうに見ることができます。これらは確かな勢力ではあって、アメリカに

敵対する対抗勢力なんです。けれども、アメリカのヘゲモニーを潰すというのが

大きな目的ではありこそすれ、ではその目的が一旦果たされた後に、中国なりロシアなりに

よる別のヘゲモニーが現れるのかというと、そうではないんです。それぞれの国家の主権

というものを守ろうというふうになっていくはずなんですね。中国が世界を制覇するという

ようなことはあり得ないでしょう。

これは中國の非常に低い合計特殊出生率や大量の人口流出など、人口動態の面から見ていく

なかで、ありえないだろうと私は思っているわけです。


p84  ロシアと中国は戦争継続に意義がある。

ロシアと中国は、今この戦争を止めることに対して、全く利益が無いわけですね。続ける

ことに意義があると言いますか。反対にアメリカは、自分の仕掛けた罠にはまってしまった

ような状態にいます。ロシア経済というのが、意外に持ちこたえてしまったというのも

理由の一つです。そしてアメリカのネオリベ(新自由主義)思想が、自分自身の国の工業的な

弱さというものについて全く見えていなかった、盲目的だったということも、大きな問題

の一つです。

ロシアと中国は今、そんなアメリカを「つかんでやった」と思っているはずなんです。

いま、戦争は確かに「ウクライナ」で起きています。でも、実際の戦争というのは、

ロシア対アメリカなんですね。そして、アメリカは負けを認めないだろうと思いますし、

ロシアも自分が勝ったと言えるような状況では無いわけです。そうすると、停戦というのは

あり得ないと私は見ています。ただ、これに関しては、私が間違っているかも知れない、

そして、もしそうだったらどんなにいいだろうとわたくしは考えます。しかしながら 

ヨーロッパに居て、いま、より感じられるのは 戦争の深刻化というか、泥沼化の可能性

です。

池上ーー停戦の可能性については私も全く悲観的です。プーチン大統領は22年6月9日生誕

350年を迎えたロシア皇帝、ピョートル3世に敬意を表して、「北方戦争」(1700~21)の話を

取り上げたんですよね。つまり、この北方戦争では、スウエーデンの支配下にいたスラブ人を、

ロシア帝国の元に迎え入れたんである。彼は「それはスウエーデンから領土を奪い取った

んじゃない。そもそもスラブ人が住んでいる所をスウエーデンが占領していたんだ」と

言っていたんです。そこを「取り戻したに過ぎないんだ」とこういう言い方をした。

ウクライナ侵攻をしたプーチンは、その時にピョートル大帝がスウエーデンの支配下に

いたスラブ人を救い出したということを、いま、自分がウクライナ東部にいるロシア人を

助けようとしているんだってことと二重写しにしているような気がするんですね。この

北方戦争いうのは、21年間つづきました。プーチンはおそらくウクライナに対して最初は

3日間でカタがつくと思ったけれども、それが出来なくなり、NATOが全面的にウクライナ

を支援しているということは、もう少なくとも10年戦争を覚悟しているんだろうと

思うんですね。


p94   無意識下での対立と「無」への恐怖


🦊この章を要約すると、「文化的な戦争」という一面が見えてくる。たとえば、欧米は今、

「いわゆる伝統的な男女による家族」というものを破壊し、それを超えようとし、自分達を

進歩的だと考え、一方「プーチンは遅れてる」などと言う。しかし世界のLGBTについて

保守的な国は約70%を占め、プーチンの言うような伝統的な家族観を支持する者も多い。


p110   ロシアがしていることはアメリカがしてきたこと

池上ーー家族システムの違いに関連しますが、プーチン大統領がいわば伝統的なな家族観を

大切にすることを訴えることによって、アメリカ国内の分裂がさらに促進される。プーチン

大統領はそこまでを狙っているんでしょうか。ウクライナ戦争が長引けば長引くほど、

トランプ氏だけではなく、アメリカ大統領候補と目されているフロリダ州知事の

ロン・デサンテイス氏(共和党)も、このところ「ウクライナに対する支援をアメリカは

やり過ぎだ」と言うような言い方をしています。アメリカが分裂すると、結局ロシアが

利益を得る。そんな構造が、今起きつつあるように見えるのですが。

トッドーーそうですね。ただ、ここまでいろいろといってきましたけれど、私が

ロシアを擁護しているわけではないことを、まずご理解いただきたいんです。

その上でですが、ロシアによるアメリカ政治システムへの介入、たとえばトランプ

大統領当選の時なども、選挙に関して様々な形でロシアが介入してきているとか

(アメリカ政府が)言ったりすることがあるわけです。ただ、ロシアが習慣面で何処かの

国に何か影響を与えたいと考えているとしたら、それはロシアと同じ父系制の国々に

対してではないかと、私は思うわけです。それはアラブの世界だったり、サウジアラビア

だったり、中国だったりといった国々ですね。アメリカがロシアへの介入に執着している

様子は非常に興味深い点でもありますが、それは実はアメリカ社会の、自分自身の弱みを

見せつけてしまっているということもあるからなんです。ロシアの人口はアメリカの半分、

そしてアメリカは超大国と言われている国なんです。その中でアメリカのエリートたちが、

ロシアの一部の人が自分の国の選挙に介入してきているというようはことを言うのは、

非常に滑稽なことと言いますか、それはアメリカの国民がパニックに陥っている証拠

でもあるというふうに思えるんです。

それからもう一つ、アメリカはロシア人に対していろいろと批判をするわけですが、

実はアメリカ自身たちが常にしてきたのと同じことを、ロシア人に対して批判している

という状況があります。アメリカはヨーロッパおいてもイタリア、ドイツ、などで非常に

介入しています。ウクライナやロシアの国々を不安定化させるなどしてきた国なわけです。

アメリカがロシアに対してする批判というのは、まるで自分がしてきたことをしている

相手に対しての批判と、そういうふうにも捉えることができると思います。

池上ーートッドさんは、ウクライナ戦争というのは単なる「民主主義陣営vs専政主義陣営」

ではない、政治学、経済学といった「意識レベル」では的確に捉えられず、人類学的

(無意識レベル)で解釈する必要があるとおっしゃっています。つまり、ウクライナ戦争とは、

ロシアと西側による無意識レベルの人類学的な対立、こういう風に見ていらっしゃるという

ことでしょうか。

トッドーーそうですね。世界には確かにさまざまな家族システムがあり、それがまさに

人類学的な観点なんですけれど、そこと思想というものには関係があるということが、

私が人生を通してずっと研究してきた点なんです。

たとえば、個人の開放や個人主義に繋がる核家族構造というのは、民主主義の台頭には

欠かせない要素の一つであるということや、父系制や共同体家族構造の地域では、共同体

的なシステムが政治システムを生み出す傾向があるというようなことです。

ところが、今の西側の特徴であり問題になっているのは、「核家族」という家族システム、

親族システムというものがそこにありつつも、実はその民主主義の形というものが

だんだんと衰えつつある、死につつあるというところなんです。

西側で何が起きているかというと、民主主義というよりも、不平等や寡頭制の台頭です。

これは一部のエリートが富や政治力を独占する「リベラル寡頭制」と私が呼んでいる

ものなのですけれども、アメリカでもこれは非常に顕著に見られます。

アマゾン創業者のジェフ・ベゾスのような人物や、トランプなんかもそうですね、

ある意味、多元的寡頭制という風に呼べるものが見られるわけです。

実は、これはウクライナにも見られました。一方で、フランスではなかなかそこまでは

行ってません。というのは、個人より国家のほうが大きすぎるからなんですね。


p114   民主主義や自由を守る戦いではない

そして今、西側の人々が「ウクライナでの戦争は、民主主義や自由主義といった価値を

守るために戦っているのだ」というふうにいうわけなですけれど、それは全く本当では

ないと私は考えます。つまり、お金を送って支援するというのは、実際に戦うという

こととは全く違うことだからです。

西側の思想的な言説の中で、驚かされることがあります。この20年ぐらい、とても

支配的な思想的言説というのがあるんですけれど、それは、「価値」という言葉を

非常に振りかざす傾向があるという点なんです。ふつうは個人的な、道徳的な感情に

則って行動する場合、自分の価値観というものを持って、人々は「行動」するわけ

ですね。ところが、価値、つまり民主主義や自由主義といった価値観を大事にするん

だと言う様な「言葉ばかり」が溢れかえっていると言うことです。そして、それに対して

何も行動を起こしていない。行動を伴わずに「言葉だけ」ということは、つまり価値観が

無くなっていると。それはもう「中身のない価値観でしかない」というように言えると

おもいます。行動を伴っていない、価値観という言葉だけを振りかざしているという

状況が、西側にあります。


池上ーーということはつまり、結局今回のウクライナ戦争というものは、価値観を巡る

戦争、「価値観戦争」という、そういう様相もまた見せているということなんでしょうか。

トッドーーこの戦争が価値の戦争かというと、そこは実は複雑な側面を持っていると思います。

というのも、ウクライナ自体がそもそも何を象徴しているのかという話になるわけですね。

でも何者かがわからないと。ウクライナ、つまり小さなロシアと呼ばれるところは、

(ドンバスなど東部は除く)核家族構造があって、自由主義的なリベラルな傾向を確かに持って

います。ただし、核家族構造だけでは、民主主義というのは成立しません。

何が必要かというと、「国家」が必要なんですね。たとえば、イギリスやフランスなども、

まず君主制の国家があって、そこから民主主義というのが生まれる。つまり、国家が必ず

必要なわけです。ウクライナの場合はそうではない。個人主義的なところがあったところで

国家が無いとそれは無政府状態にしかならないわけです。どちらかと言うとウクライナは、

さまざまなクーデターなどがあったラテンアメリカに近いものがあると言うふうに思います。

(中略)

このウクライナ戦争の前、ウクライナの中流階級が大量におそらく流出していただろうと

言われているわけですけれども、中流階級の無い国というものは、成立しないわけです。

中流階級というものがあってこそ、国家というのは成立するからです。

なので、そこが流出していたウクライナというのはどういった国なのかというのは

考えるべき点です。ただ、こういった状態でウクライナが(西側の価値観である)民主主義や

自由主義を象徴しているかと言うと、そうでは無い。また同時に、今の西側諸国民主主義も

全くリベラルでは無いと言う意味で、言葉遊びでしか無いと言うふうに思います。

何があるかというと、そこにあるのは「無」です。

つまり、何も無くなることへの恐怖なんですね。そういった中で、何とか持ち堪えるために

軍をどんどん強化するなど、そういったことが起きているのだと思います。

私の置かれている個人的な状況が、実はその自由や民主主義というものはこのフランスに

おいて今、馬鹿げた状態になっているということをはっきりと言える立場にあります。

というのも、フランス、イギリス、アメリカという3カ国が、「自由民主主義」というものを

発明した国ではあるんです。そして、そして私は研究者としての人生を通して、ずっと

国営のラジオやテレビに出演をして、発言をしてきました。ところが、昨今はこういった

国のラジオ、テレビなどから「出禁」になっているわけですね。私は自宅のソファに

座ってテレビに出てくる、地政学や世界のことなど全くわかっていない人々、そして

英語もろくに話せないような人々がいろんなことをわかったようにしゃべっている

のを見なきゃならないわけです。そして、その人たちが何を言っているかというと、

「ロシアでは報道の自由や表現の自由というのが無い」というわけなんです。確かに

ロシアにはそれは無いんですけれども、こうやって自国のフランスのラジオやテレビに

出られない私からしてみると、フランスも似たような状況にあるというふうに言いたく

なるわけです。(中略)


p139   アメリカはドイツにも戦争を仕掛けている

池上ーートッドさんはドイツについて、アメリカは実は今回ロシアだけじゃなく、

ドイツにも戦争を仕掛けていると、ロシアとドイツを分断して、ドイツ経済を

破綻させようとしているんだと指摘されています。なぜ、アメリカはそんな必要が

あるんでしょうか。

トッドーーそうですね、ドイツの経済を完全に破滅させるというのは正確では

なくて、あくまで自分たち、つまりアメリカ、そして西側のためのものとして

保ちたい。ということなんです。ロシアとの補完的なものにドイツがなるのではなく、

あくまでアメリカのためにあるべきだと言うふうに見ているという意味です。

それは、ノルドストリームが人為的に爆破された出来事などを見ても、アメリカが

そういう思惑を持っていることがわかります。アメリカが今の戦争に勝つためには、

ドイツの産業や工業の力、そして日本や韓国の工業の力無くしては勝てないんですね。

こういう国々が軍需品を生産してくれる必要があるわけです。(中略)

ドイツ自身が何を考えているのかっていうのは、全くわからないわけですね。

たしかに私自身も、このウクライナ戦争の中で、ドイツがアメリカに対して従順だった

ことにには非常に驚かされました。ノルドストリームをアメリカが破壊したことに

対しても、されるがままだったわけですよね。

西洋では、「プーチンはモンスターだとか、一方でアメリカは自由の擁護者だ」といった

ような意見というのは皆が目にする話なんです。私の意見というものは、マイノリテイ

なんですけれども、私は意見の多様性、多元性というものを擁護したいという観点が

非常に大切だと思っています。

池上ーーメデイアが極めて一方的に伝えている中で、「ちょっと待てよ」という、

そういう視点がとても大事であると。これからのこのウクライナ戦争を見ていく

うえで、とても大事なことだと思いました。


p145    岸田文雄首相のキーウ電撃訪問に疑問

私は非常に日本が好きで、ずっと関心を持ってきたのですけれど、3月22日に

岸田文雄首相がキーウを訪れましたね。それを見て、私はとても悲しくなったんです。

というのも、日本という国が、ヨーロッパのこのキーウという地域がヨーロッパ人にとって

どういう意味を持つものなのかということを、果たしてしっかり理解しているのかどうか、

というのが疑問に思えたからです。実はこの地域は、第二次世界大戦で、ナチスドイツに

よって多くのユダヤ人が殺された地域です。(ホロコーストとかと全く関係の無い民族

である)日本人があのキーウに来たということを、私は非常に不思議な感覚で捉えたわけ

ですね。要するにアメリカという国が、日本の岸田首相をこの地域まで「連れてきた」

ということ、そして、キーウのようなユダヤ人の大虐殺のあった地域にドイツが

戦車を送るというようなことは、非常に複雑なことです。私はこの今の戦況を非常に

心配し、不安に思っています。

池上ーートッドさんは、そもそもアメリカというのは、「他国を戦争に向かわせる国」

だとおっしゃっていましたね。なぜ、アメリカはそういう国なんでしょうか。

トッドーーアメリカも昔はそうではなかったんですけれども、だんだんとそういう

国になったしまった、というふうに思います。というのも、そもそもアメリカは

ヨーロッパの国々などからは遅れて国際的な大きな勢力となっていったわけです。

そこからだんだんと「戦争の文化」というものが育っていったと思います。

これは、アメリカの領土自体が戦争に侵されたことがないというのも、大きな

原因の一つだと思います。それに加えて、乳幼児の死亡率が高まっているとか、

文化的な危機みたいなものとかも見られるなど、非常に退行的な側面があって、

何と言いますか、どこか虚無の感覚みたいな、「何もそこには無い」というような

感覚が広まってしまっている、というふうに感じるんです。そういった意味でも、

危険になってきていると思います。私自身もアメリカを恐れるようになっている

わけです。そして、アメリカの文化というものが、戦争を好む文化になってきて

います。それだけではなく、アメリカ人はヒーローでも何でもなくて、確かに

高い技術力を持っているんですけれも、戦争をする対象というのは常に自分よりも

何十倍も弱い相手に対して戦争するわけです。そこが一つの特徴で、たとえば

ドイツなどと比べて、かなり異なるのではないかと思います。もちろんアメリカの

個人には非常にいい人が沢山います。ただ、それがシステムになると、非常に

危険なものになるということなんですね。たとえばフランスなども、もしアメリカ

のように3億人を超えるような人口を抱えていれば、こういう傲慢な態度に出る

こともありうるかも知れないわけで、人口規模というのもここでは重要になって

くると思います。 まだまだフランスは小さいです。アメリカに比べると小さいです

けれども、それでも世界に対していろいろと説教しようとする国なので、これが

アメリカと同じような大きな国になれば、同じような傲慢な態度になるかも知れない

と思いますね。

(中略)


p168   グローバル・サウスはむしろロシアに近い

池上ーーグローバル・サウスという言葉があります。アメリカとロシアのどちらにも

与しないインドやインドネシア、中東などのグローバル・サウスの国々は、今回の

ウクライナ戦争が終わった後、どのような存在になっていくとお考えでしょうか。

トッドーーロシア人は、たとえばプーチンなんかを見ても、見た目はヨーロッパ人

なわけです。白人で金髪で、青い目といった白人です。それでも、基本的には今は

中国やインドやサウジアラビアと近く、その関係を保ちたいというふうに願っている。

それが、今の西欧諸国から非常に憎まれる理由の一つになっていて、そしてそれは、

この戦争が明らかにした点なのではないかとおもいます。

🦊以下キツネの要約・・トッド氏によれば、この戦争がおわって、誰が勝者と

して生き残るのか、誰にも予測し難い。「みんなが負ける」戦いの末に、世界が分断

されても、「それが不安定な世界」だとは限らない。ロシアの主張する多様な国家

が各々存在を認められる世界が実現するなら、ロシアが勝者となり、アメリカ一国

による覇権支配は終わりを迎えることもあり得る。その方が世界は安定化するだろう。

そのためには、アメリカ自身が「自分の弱さを認める」ほかはない。・・


p183   ロシアはもちろん悪いのだが

後書きに代えてーー池上

欧米とりわけアメリカは、ウクライナに大量の武器を支援しています。トッド氏は、

これは極めて不道徳なことだと断罪します。ウクライナの人たちに戦争をさせるという

代理戦争だからです。問題はアメリカであり、戦争はすでに「アメリカを中心とする

西側とロシアの間で展開されている世界戦争」に突入しているという指摘にはドキッと

させられます。


日本にいるとロシアの苦戦のニュースばかりが入ってきます。「ロシアは弾薬が尽きて

いるらしい」というもっともらしい話も伝わってきますが、ロシアは弾薬を大量に生産

できる工業力を維持しています。一方でアメリカは工業力が低下し、ウクライナに充分な

弾薬を支援することが難しく、ウクライナこそ先に弾薬が無くなってしまいそうです。

トッド氏の視点は鋭く、私たちに別の視角を与えてくれます。

********************************************************************

🦊:  もし来年、再びトランプがアメリカ大統領に選出されたとしたら、「文化的危機」

どころかついには「合衆国」の終焉に道をつけるかも知れない、などとキツネが

(ずにのって=無責任も顧みず)言うのも悲しいことだ。冗談であってほしい。

でも、冗談じゃあないかも・・・・