未承認国家ドネツク共和国の運命は



🦊  国民投票によって生まれたドネツク人民共和国だが、

ロシアなど3カ国の承認しか得られず、あえなく消滅して、

ロシアに併合されてしまった。ドネツク人民軍は、

現在ウクライナ東南部の要塞化された広大なコークス工場の

守りにつき、「守護者」ロシアのために戦っているという。



『未承認国家ドネツク共和国ーー紛争が生み出した未承認国』より

nippon.com     2022.07.22  

   廣瀬陽子(慶應義塾大学総合政策学部教授.   コーカサス地域研究)



😒旧ソ連地域では多くの戦争、紛争が発生してきたが、それらの中には

「凍結された紛争(Frozen Conflict)」ないし「長期に及ぶ紛争(Prolonged 

Conflict)」となり、未承認国家(Unrecognized States)を生み出してきた。

未承認国家は、簡単に言えば、「ある主権国家から独立を宣言し、国家の

体裁を整え、国家を自称しているが、国際的に国家承認を受けていない」

エンティティ(政治的な構成体)である。現在、最も説得力をもつ未承認国家の

定義は、ニーナ・カスパーセンによる以下5項目だと言えよう。

1. 未承認国家は、権利を主張する少なくとも3分の2の領土・主要な都市と鍵と

   なる地域を含む領域を維持しつつ、事実上の独立を達成している。

2.  指導部は更なる国家制度の樹立と、自らの正統性の立証を目指す。

 3. そのエンティティは、公式に独立を宣言している、ないし、例えば独立を

      問う住民投票、独自通貨の採用、明らかに分離した国家であることを示す

     ような同様の行為を通じて、独立に対する明確な熱望を表明している。

4.  そのエンティティは、国際的な承認を得ていないか、せいぜいその保護国

      その他のあまり重要でない数カ国の承認を受けているに過ぎない。

5.   少なくとも2年間存続し続けている。


現在は、旧ソ連には、ジョージアのアブハジア、および南オセチア、

アゼルバイジャンのナゴルノ・カラバフ、モルドバの沿ドニエストル、

そしてウクライナのドネツク、ルバンシクという6つの未承認国家があり、

それらをロシアは「近い外国」、すなわち旧ソ連を影響圏に置くために

利用してきたという経緯がある。

図「旧ソ連の非承認国」

😡  <非合理なドネツク、ルハンシクの国家承認>

ロシアにとっては、特に反ロシア的・親欧米国家の中に未承認国が

あることが望ましい。なぜなら、ロシアは旧ソ連の未承認国のパトロン

であるケースが多く、(アゼルバイジャン内のナゴルノ・カラバフに

ついては、ロシアは長年あまり影響力を持っていなかったが、2020年

のアゼルバイジャンとアルメニア間の、いわゆる第二次ナゴルノカラバフ

戦争の結果、アゼルバイジャンが勝利し、残った同地の6割相当の領域と

緩衝地帯をアゼルバイジャンが奪還し、残った同地の6割相当の領域に

ロシア軍が平和維持を行うようになってからロシアが影響力をもてるよう

になったが、パトロンにはなっていない)、それらの未承認諸国家に対しては

ロシアが影響力を行使し、法的親国の内政・外交にも大きな揺さぶりを

かけることができるからである。



法的親国により大きな激震を与えるためには、未承認国家は当然ながら

独立していたり、ロシアに併合されてしまったりしてはならず、あくまでも

法的親国の中で、法的親国の主権が及ばないエンティティとして存在し続ける

ことに意義があるのだ。

しかし、08年のロシア・ジョージア戦争の結果、ロシアはジョージア国内の

アブハジアと南オセチアを国家承認し、以後、事実上のロシアへの統合を

進めている。

(この件に関しては、筆者は、08年に国際社会のかなり多くの国がセルビア

国内のコソボの国家承認をしたことが背景にあり、それに関する欧米への

意趣返しであると思っていた)

だが、22年にロシアは更に非合理的な動きを見せた。まずロシアはウクライナ

東部の未承認国家、ドネツクとルハンシクを2月21日に国家承認したのである。

14年のロシアによるクリミア併合に次ぎ、この2州の親ロシア派武装勢力と

ウクライナ政府軍との内戦が勃発したが、その停戦のために締結された

「ミンスク合意」には、2州に幅広い自治権を保障する内容が盛り込まれている。

ミンスク合意が履行されれば、仮にウクライナがNATO 加盟を望んだところで、

国内のこの2州が反対すれば、加盟はほぼ実現不可能だ。つまり、未承認国である

2州をウクライナ国家に存続させたままでロシアの影響下に置き続ける。それが

最も安価にウクライナを縛り付けることが出来る効果的かつ有益な作戦であるはず

だった。


しかし、今回ロシアは独立を承認し、さらに全く合理性の無い侵攻にまで至った。

このことは、ロシアの未承認国家戦略の転換を意味するだけでなく、ロシアと

その他の未承認国家との関係を変えることにも繋がった。

以下では、ロシアと未承認国家の関係に生まれた変化を見ていきたい。


<ウクライナでの苦戦ですすむ「ロシア離れ」>

😮  まず、今回独立を承認したドネツク、ルハンシク両州の住民は、ロシアの

残虐な攻撃により、完全にロシアに背を向けたと言える。ウクライナ全土は

もとより、同両州ですら、ロシアの支配下に入ろうとは思わないはずである。

強迫と恐怖によってロシアに併合する可能性は無きにしもあらずだが、

永遠に恐怖政治を展開する以外に同地を確保することはできないはずであり、

そこにはポジテイブな未来は絶対描けないのである。


そして今回のロシアのウクライナ侵攻でロシアが苦戦していることは、

旧ソ連諸国のロシア離れを導いたと言って良い。つまり、旧ソ連諸国が

「ロシアはこれほどまでに弱かった」「ロシアはもう恐るべき相手では無い」

という認識を持つようになり、ロシアを軽侮するようになったのである。

そのため、アゼルバイジャンはロシアの平和維持軍がいるナゴルノ・カラバフ

に3月に攻め込んだし、ロシアが主導する安全保障条約機構(CSTO)への

ベラルーシを除く全加盟国がロシアの侵攻を事実上批判した。

そして、ロシア軽視の傾向は、未承認国の南オセチアでも見られた。

南オセチアはロシアに極めて忠実であり、同胞がコーカサス山脈で

分離されているロシアに属する北オセチアとの統合(すなわちロシアに吸収

されることを意味する)を目指していたはずであるのに、南オセチア兵の

約300人がウクライナへの派兵を拒否した。

また、5月8日の「大統領選」決戦投票では、親ロシア派でロシアとの

統合を急いでいた現職のアナトリー・ビビロフ大統領が敗北を喫し、

アラン・ガグロエフ氏が当選した。このことは、南オセチアの住民が

ロシアへの統合を急ぐことに反発していること、そして、かつて

ロシアは未承認国で不本意な選挙結果が出た場合、すなわち親ロシア派が

当選できなかった場合は、容赦なく介入し、選挙をやり直させたりもした

のだが、今回、ロシアの動きは皆無であり、そのことからもロシアの

余裕のなさが強く感じられる。


<モルドヴァEU 加盟の動きとロシアの思惑>

😒  そして今日のウクライナ危機で注目された未承認国家が、モルドヴァの

「沿ドニエストル共和国」である。

沿ドニエストルはウクライナのオデッサに隣接しており、仮にロシアが

ウクライナ南部の黒海沿岸を全て制圧した場合、その支配地域が

沿ドニエストルと繋がって、ウクライナ南部を完全に抑え込めたため、

南部戦線の動きと合わせて沿ドニエストル動向が注目されていた。

じつは、ウクライナ侵攻開始の4月などに、沿ドニエストルの

「首都」テイラスポリにある治安当局の建物などが連続爆破された。

ロシアが行った挑発とみられる一方、ロシアが「偽旗作戦」に利用し、

沿ドニエストルからウクライナを攻撃するシナリオなども危惧された。

結局は大ごとに至らなかったものの、沿ドニエストルの脅威が、侵攻

開始後にとても高まったことも事実である。

だが、  沿ドニエストルをめぐる緊張は、その法的親国(この場合モルドヴァ)

がウクライナと揃って6月23日に欧州連合(EU)加盟国になったことで、

新たな段階に入ったように思われる。


沿ドニエストル問題は 、モルドヴァのEU 加盟が足枷になる可能性が高く、

ロシアが今後、関与を深める可能性が高いのである。そもそも、ロシアは

モルドヴァのEU 加盟には10年などの長い年月がかかり、実現しない

可能性が高いとすら考えているようだ。

だが、そのようなロシアの思惑とは裏腹に、沿ドニエストルの住民は、

モルドヴァがEU 加盟国になれば、沿ドニエストルをロシアが救ってくれ、

ロシアへの統合が進むと考えていると言う。実際、沿ドニエストルの

上層部は2014年のクリミア併合以降、特にロシアへの統合を望むように

なったという。


他方モルドヴァは、沿ドニエストル問題が未解決な状態でもEU に加盟でき、

沿岸ドニエストルの住民もEU 域内での生活、労働の恩恵にあずかりたいと

いう思いを持つであろうことから、EU 加盟国になることが沿ドニエストル

の再統合にポジティブな影響をもたらすと信じているようだ。

このようにロシア、沿ドニエストル、モルドヴァはそれぞれが都合の良い

解釈をしているが、結果、3者の立場は乖離する一方である。


このように、ロシアは自国に都合よく使ってきたはずの未承認国家に

対する政策を明らかに転換し、また未承認国家のロシアに対する

目も侮蔑に満ちたものになったり、期待に満ちたものになったり

反応は多様であるが、そもそも旧ソ連諸国の対ロ恐怖心がかなり軽減

された今、未承認国家の法的本国における意味合いも変わり、ロシア

にとっては未承認国家の使い勝手はこれまで通りとはいかなくなるだろう。

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